「親孝行」という倫理観の重圧 カウンセリングによる家族分析

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「親孝行」という倫理観の重圧

うつの方々とお会いしていると、ほぼ例外なく、少なくとも両親のどちらかとの確執が大きな問題となっている。
そうしたことから、「親孝行」あるいは「親不孝」とはそもそも何なのかについて、ここ数年来ずいぶん考えさせられた。
それを書いてみようと思うのだが、ここで述べる考え方は、多少なりとも、この世に産んでもらってよかったと感じることのできる人にとっては、抵抗のある考え方だと思う。

まず、結論から言うならば、日本人の倫理観において絶対的なまでの地位を占める、「親孝行が大事」という考え方は、論理的におかしいと、私は考えている。
多くのうつの人は、「親孝行」あるいは「親不孝」という言葉を口にする時、必ずといってよいほど顔を曇らせる。
親が産んでくれた結果、この世に自分がいるのは確かだが、そもそもうつの人々にとって、自分自身がこの世に存在すること自体必ずしも喜ばしいことではないのである。

多くのうつの人の視点からすれば、気がつけばこの世に存在させられていて、自分は望んだわけでもないのに、親をはじめ周囲の言うがままに生きることを強要され、社会や学校への適応を押し付けられ、あげく、意に沿わなければ、「誰が今まで食わしてやったのか!」と絶望的な非難をあびせられる。
結果、この世で自分なりの感情を持つこと、好きなように生きることは許されないことなのだ、という結論にいたらざるを得なくなる。
死を願う人が少なくないのも、当然である。

すべての苦難が自分の望んだことの代償であれば納得せざるを得ないが、よくよく考えてみれば、人は誰一人として、親に産んでくれと頼んで産んでもらったわけではない。
一方、親の方といえば、いつの間にか子どもを身ごもり、強制的に産まされたということは、よほど特殊な状況にない限りありえない。
つまり、親の方はほぼ例外なく、産むという選択をして子どもを産んでいるのである。

であるならば、親が子どもの意味ある人生に対して負うべき責任は大きいが、子が親に対して負うべき責任は、本来何もないと言ってよいはずなのだ。
産んでもらったこと自体は何の恩恵にもならないし、食わせてもらったことも、産んだ側の責任としては当然のはずだ。
親が偉そうに振りかざすべきものではない。
少なくとも私自身は、我が子に対してそういう感覚である。

子が親に対して負わなければならない責任があるとすれば、それは社会的責任である。
つまり、年老いた親を、ただただほうり出せば社会に迷惑をかけるから、社会人として生きようとするかぎりは、親の老後は子が引き受けるしかない、たとえばそういった責任だけである。

ちなみに、私自身の親との関係について少しだけ触れるならば、正直、母親との関係にはかなり厳しいものはあったが、父親に対してはいとおしく思っている。
私の父もまた、私が子どものころは家族の中で弱い立場だったため、正直、母からの守りにはなってくれなかった。
しかし、幸運かつ稀なことに、父は話せば必ず分かってくれたし、きちんと情も責任感もある人だったのである。

だから私は、父が喜ぶ顔を見ると嬉しいと感じ、何か彼が喜ぶことをしたくなる。
しかし、それは決して、倫理観や責任感からくるものではない。
父親が私に、それだけのことをしてきてくれたからなのである。

そもそも、日本人にとって、「親孝行」が絶対的と言ってよいほどの倫理観として根付いたのはなぜか。
もっとも大きな原因は、おそらく徳川幕府の安泰という政治目的からくる、儒教の教育・浸透ではなかったかと思う。
そもそも儒教とは、理想的な政治の実現を目指して興ったものであり、その発展も、政治的利害と常に表裏一体であった。
もちろん江戸時代より前にも、「親孝行」が美徳とされる考え方はあるにはあったに違いないが、徳川期、とくに三代将軍家光以降において、家や社会における序列は絶対である、とされるようになったようだ。

子が親に逆らってはならない、という倫理観の絶対視は、目上は立てなければならない、という考え方にまで広げられる。
だとすれば、ヒエラルキーの安泰をもくろむ為政者にとって、これほど使える倫理観はなかったといえる。
さらには、当時の国民の大半を占めていたのは農民である。
田畑を世襲し、農村という共同体を存続せねばならない農民たちにとっても、「親孝行」「目上を立てる」という倫理観は、非常に目的にマッチするものだったはずだ。

つまり、日本人には、「親孝行」が大事という儒教の教えを、受け入れやすい土壌があったことは確かだ。
そして、こういった個の感情を殺す農村体質は、やはり現代日本人の大半を占めるサラリーマンたちによって、かなり似かよった形で受け継がれている。

徳川の歴代将軍によって受け継がれてきた、民衆支配の根本、それは、「百姓というは、生かさぬよう、殺さぬよう……」である。
つまり、最下辺の生産者として、百姓に死んでもらっては困るが、治世の安定を第一に願う以上、心まで生かしてはならない、ということである。
現代の大半の企業において、このあり方は脈々と受け継がれている。
そして、繰り返し言うように、うつになる人たちは、本質的に自らの心(感情)を殺せない人たちなのである。
彼らにとっては、そこでうつを発症しないほうがおかしいくらいだ。

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