愛着障害のカウンセリング・幸朋カウンセリングルーム用語集

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用語集 『愛着障害のカウンセリング』

(2022/1/10 公認心理師 松波幸雄 記)

愛着障害とは

イギリス出身の精神科医・精神分析家であるジョン・ボウルビィは、子どもが正常な社会的・精神的発達を遂げるためには、特定の養育者との間に親密で安定した関係を維持し、養育者への愛着(情緒的な結びつき)を形成する必要があると述べた。
この考えのことを「愛着理論Attachment theory」とよぶ。

そして愛着障害とは、何らかの原因で、養育者への愛着を十分に形成できなかった人が、社会性や精神面において何らかの悪影響を被っている状態を指す。

主な原因としては、幼児期における身体および精神への虐待や、特定の少数の養育者によって、継続的な保護や養育を受けられなかった(繰り返された里子、児童養護施設入所等)ことなどがあげられる。

国際的な診断基準であるDSM-5(アメリカ精神医学会)やICD10(WHO)でも、愛着障害は取り上げられているが、これらは小児期のみの精神疾患として分類しており、元来の愛着障害の概念よりも範囲は狭い。

愛着行動

子どもの養育者への愛着は、「愛着行動」として表現される。
乳児期初期の愛着行動は、もっぱら大人の注意を引き反応を誘発するためのもので、泣く、微笑みかける、声を出す、目を見るなどの行動である。

これが生後2か月から6か月の時期になると、知っている人とそれ以外の大人は次第に明確に区別されるようになり、とくに養育者に対しては、あと追いやまとわりつきなど、より強い反応を示すようになる。

さらに6か月から2歳までの間に、子どもは養育者がその場にいるだけで安心して、比較的広範囲に探索行動をとるようになる。
すなわち、養育者は単に直接世話をしたり遊んでくれるだけの存在ではなく、いつでも戻って安心することのできる場所、すなわち心理的な意味での「基地」としての役割を果たし始めるのである。

つまり、この時期に、子どもが自由に活動することができるようになったと見えるのは、養育者とのつながりが希薄になったためではなく、むしろ目に見えない心理的なつながりがより強固で複雑なものになったためだと言っていい。

そして生後2年から思春期という長い時期にかけて、子どもは養育者を一人の独立した人格を持つ存在として認識するようになり、愛着行動はさらに複雑化する。
すなわち、独立した人格同士のパートナーシップの形成を目的としたものへと移行するのである。

こうした、養育者との相互関係による愛着形成のプロセスが、幼児期の虐待などによって阻害されたままだと、その後の社会性や内省性の発達に悪影響を及ぼす可能性は著しく高まる。

愛着障害による精神・生活への悪影響

養育者に対して形成された健全な愛着は、やがて子どもの内面に内在化される。
つまり、その構造が内面に組み込まれるのである。

内在化した愛着は、その後広く他者との関係にも投影され、新しい人間関係を作ったり、他者との信頼関係を深めたりする上で大きな役割を果たすことになる。
しかし、内在化されたはずの愛着が不完全なままだと、その人の他者との関係は不安定であったり、あるいは人間関係への希求自体が薄弱だったりする。

このように、愛着理論は子どもの心理について説明するばかりでなく、成長してからの人生にも、愛着が多大な影響を与えることをも説明するので、カウンセリングを行う上でも重要な意味をもつ考えではある。

ただ、愛着理論がすべての人間関係上の問題や、すべての精神疾患を説明できる万能の理論でないことは言うまでもなく、たとえば、社会での生きにくさという悩みの原因を、すべて愛着障害のせいにしてしまうことは危険である。

当然ながらそれらは、発達障害や生得的性格に関する知見や、現代社会における人間関係の希薄さといった多面的な観点からとらえられなければならない。

愛着障害の乗り越え

ひとたび愛着障害という問題を抱えてしまうと、その人は成長してもなお、その悪影響に悩まされ続けなければならないのか、ということは大きな問題である。

カウンセラーとして経験的に言うと、潜在的に愛着障害という問題を抱える人は、残念ながら、人生の各局面において、ある程度その悪影響に悩まされるであろうことは否定できない。

つまり、人間不信や対人恐怖、また罪悪感の強さや自己肯定感の低さなどのために、人間関係・配偶者や子どもとの関係の構築を困難なものにしやすい。
それが引いては、社会的・心理的孤立、孤独感、虚無感へとつながり、うつなどの精神疾患に至ったり、場合によっては、信頼関係という基盤のない反社会的集団への参加につながることもあり得る。

ただ、そういった人々のうち、内向的なタイプの人は、他者とのより親密で安定的な関係を無意識的に渇望し、強く希求するばかりでなく、人の人生について、一般的な人々以上に深く思考をめぐらせていることが多い。
そのため、むしろ対人援助において力を発揮したり、時にはより大きな社会的成功をおさめたり、精神的な指導者としての地位を獲得することも少なくない。

元文化庁長官でユング派分析家の河合隼雄氏は、多くの歴史上の宗教的指導者(主に仏教)の来歴を調べるうち、彼らには幼少期における親との関係に、何らかの大きな問題を抱える人物が非常に多いことに気づいた。
氏は、養育者との愛着関係の欠損が、むしろ超越的な存在との結びつきにつながったのではないか、と考察している。

愛着障害へのカウンセリング

愛着障害を抱える人に対する心理療法としては、まず愛着理論の提唱者であるボウルビィが提案した、愛着ベースの療法Attachment-based therapyがあげられるが、これは児童およびその親に対するプログラムであり、成人に対しては行われない。

一方、愛着障害を抱える成人へのカウンセリングの要点としては、養育者との相互的愛着という、極めて重要かつ情緒的な人間関係における障害なのだから、カウンセラーとの安定した信頼関係(ラポール)が絶対的な条件であることは言うまでもない。

以下は筆者のカウンセリング経験に基づく考えであるが、愛着障害を抱える人々へのカウンセリングにおいて重要なのは、技法や交わされるやり取りの具体的な内容というよりも、クライアント−カウンセラーの関係性そのものである。

愛着障害という自らの問題に向き合うためには、たしかに現状を正確に認識するための知識や、内省性は必要である。
しかし、少なくとも重度の愛着障害に関しては、愛着の再形成によってしか乗り越えることは不可能である。

クライアントの周囲に、家族や親友など愛着再形成の対象となる人物がいれば、その関係を強化することは大切だ。
しかし一方、そのような人が存在せず、愛着再形成をあくまでもカウンセリングの中で実現しようとするならば、その対象は必然的にカウンセラーということになる。

ただ、この場合かなり深いレベルでの信頼関係が前提となるため、カウンセラーはもはや教科書的な技法論や、単なる助言の提供者としての立場に閉じこもっていることはできない。
つまり、一人の人間として、本来の姿を隠さずに向き合うことが必須なのである。

カウンセラーが、愛着障害のクライアントによって語られる内容を正確に、真摯に理解すべきであるのは言うまでもないが、「真摯に理解しなくてはならない」とカウンセラーが考えているのならば、すでに望むべき関係性の構築は難しい。
要は、カウンセラーがクライアントの体験世界を、飽くことなく「理解せずにはおれない」と感じていることなのである。

この際最も大きく機能するのは、カウンセラー自身の人格、バックグラウンド、共感能力といった固有の力であり、さらに言えば、クライアントとカウンセラーの相性である。
つまり、いずれも偶発的な要因に頼らざるを得ないのである。

このように、愛着の再形成をカウンセリングという場で目指す以上、その関係性はクライアント−カウンセラーというよりも、あくまでも個と個の信頼関係となるので、時間的には、数年、数10年と長期にわたるものとなることが多い。

当面の問題が解決し、カウンセリングが一旦終結しても、また何か新しい問題に出くわせば、何年たとうがクライアントはまた同じカウンセラーのもとを訪れる。
人によれば、「しばらく会っていないから、顔を見たくなりました」と訪れる人もいる。
この場合、クライアントにとってカウンセラーは、すでに心理的な基地、すなわち「最初」に戻れる場所となっているのである。

ただし、こういった心理的に親密な関係においては、転移・逆転移といった問題、またカウンセラーの自我肥大(誇大自己)の危険性が、カウンセラーによって常に意識されていることが必要である。

物語の中の愛着障害

一方、物語の世界に目を向けてみると、愛着障害が起点となっている作品は数え上げればきりがないほど、普遍的な題材である。

たとえばグリム童話集では、継母と異母姉妹に召使いのように扱われて育った灰かぶり(シンデレラ)や、継母(初版では実母)に妬まれた白雪姫などが典型的であるし、現代に作られた作品、たとえば宮崎駿の作品などにも多く描かれている。

『風の谷のナウシカ』の主人公は、幼くして母親と死に別れているし、『千と千尋の神隠し』での主人公千尋の両親は、親の転勤で友達と別れなければならなくなった娘の心の痛みを、意にも介さない人々である。
また『ハウルの動く城』のソフィの母親もまた、内向的な娘の内心など気にもかけず、自分が玉の輿に乗ることしか考えない未熟な人格の持ち主である。

しかし、主人公である彼女らはいずれも、養育者との間に形成された不十分な愛着よりもはるかに深い愛着を、愛する人々や、自然や神や妖精たちとの間に形成し、自らが高度な母性と自立を獲得していく。
彼女らにとっては、人格の成長のために、愛着障害がむしろ必要な前提条件だったと言ってもいい。

文化に組み込まれた愛着障害

また一方、部分的な愛着障害をあえて引き起こすというやり方が、子育ての方法として文化的に組み込まれている例もある。
アメリカの人類学者グレゴリー・ベイトソンが、著書『精神の生態学』で記述した、インドネシアのバリ島民のダブルバインド※などがそれである。

※ダブルバインド  一種の精神的虐待の方法。メッセージとメタメッセージの方向性を違うものにし、相手がどちらを選んでも罰せられるという状況を作るやり方である。
たとえば「おいで」と呼びながら、来たら突き放し、来なければ叱るなど。

ダブルバインドという方法は、実は我々日本人にとっても馴染みの深いものであり、ほとんどの日本人が無意識のうちにこうした子育てを行い、こうした子育てによって育てられている。
そのことは、海外の人から見た平均的な日本人が、シャイな人々であったり、決して上に逆らわない人々として映ったりすることと、深くかかわっていると思われる。

いずれにせよ、愛着障害という概念については、健全な愛着が形成されたから幸せだ、形成されなかったから不幸だといった単純な論理では、説明しきれない面があることを最後に強調しておきたい。

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